書籍「不登校そうだんしつ」出版

あべが思うこと

許す

同じような行動であっても、
言葉ひとつで心の持ちようが変わり、
それに伴って結果も変わってくる、ということはあります。

そんな中から1つ。

よく保護者の方から、
「待つ」ことがつらいという声を聞きます。

自分から動き出すまで待ってあげなければいけないことはわかっているのだけれど、
なかなか「待つ」というのはしんどい、など。

「待つ」ことができている方は
それでいいと思います。とことん待ってあげて下さい。

しかし、「待つ」というのが
どうにも難しいという方は、
試しに言葉を変えてみましょう。

「待つ」ではなく、
「許す」としてみて下さい。

動き出すのを「待つ」のではなく、
動かないでいることを、
「許す」のです。

昼夜逆転の生活が改善されることを「待つ」のではなく、
昼夜逆転の生活を「許す」。

「わかった、もう昼夜逆転でもいいよ、そこは許そう」という感じで。

いくらか「上から目線」で、
「許してあげよう」というイメージで構いません。

待つことが難しければ、
それを許してあげてみて下さい。

言葉の解説のようになってしまいますが、
「待つ」の場合は、その先に何かを期待する心情がついてきます。
例えば、
「昼夜逆転が改善すること」を「待つ」わけですから。
必ず、未来に何かの期待が生じている状態です。

けれど、
「許す」の場合は、いったんそこで終わることができます。
改善を期待するのではなく、そこで気持ちを区切ることができます。
未来に何かの期待を残す言葉ではありません。

どうしても子どもに期待をしすぎてしまう、とか、
どうしても早く改善して欲しくなる、とか、
自分で焦りを感じてしまう方は、
「待つ」に代わって「許す」という言葉を意識してみましょう。

期待をしながら「待つ」場合と、
いったんそれを「許す」場合とでは、
同じような行動でも、かもしだす雰囲気や、子どもから見る顔色や視線も
変わってきます。

だから、
同じような行動でも、結果が変わってくるわけです。

ケガや犯罪につながること、また他人へ明らかな迷惑をかけることなどでない限り、
たいていのことは
いったん許してあげても大丈夫だと思っています。

わかっていてもできない、難しいというようなことならば、
今は許してあげてもいいと思っています。

それに、
「許す」場面もあった方が、
なんだか「器の大きな人」みたいで、ちょっと気分も良くありませんか。

せっかく言葉の話を書いたので、ついでに。

今回の「許す」という言葉の意味を熟語で表すと「許容」となります。
「許容」の「容」を使って「容認」という言葉も今回の意味に近いですね。
「容認」は「認める」という文字を使います。

「許す」ことは「認める」に近いのです。
「許してあげる」ことは「認めてあげる」こと。

決して、
期待しない=子どもを信じていない、
ということではなく、
むしろ、
本人のことを認めて、信じてあげることで、

「許す」という感情を出すことができるとも言えます。

本人の気持ちをちょっと認めてあげられると、
そのぶんだけ許すことができるのかもしれません。

繰り返しですが、
「待つ」ことができている方は、それでいいです。

どうしても焦ってしまう方は、
言葉の変換をして、
いったん許してあげてみて下さい。

わるいことをしているから「許す」のではないですよ。

「許す」とは、
本人の気持ちを認めてあげる、ということ。

わるいことを許すのではなく、
逆に、
わるくない、と認めてあげること。

そんな「許す」もあるわけです。